一定時間分の時間外労働に対する割増賃金(残業代)をあらかじめ固定給として支払う制度を「みなし残業制」といいます。
みなし残業制を巡っては、運用方法や導入時・採用時の認識ちがいにより、多くの労務トラブルの原因となっています。
※みなし残業制
固定残業制や定額残業制と言われることもありますが意味は同じです。本稿では「みなし残業制」に統一してお伝えします。
目次
┃みなし残業制とは
みなし残業制とは、一定時間分の時間外労働に対する割増賃金(残業代)をあらかじめ固定給として支払う制度のことをいいます。
本来、時間外労働に対する割増賃金は、1分単位で計算し、支払うべきものです。
みなし残業制は、事業主側が賃金(人件費)を一定にしたり、給与計算を簡易的に処理したりすることなどを目的として導入されます。
┃みなし残業制のメリット
みなし残業制を導入するメリットを事業主と労働者にわけて考えていきます。
○事業主のメリット
- ・賃金(人件費)の支払いをある程度、一定に平準化できる
- ・給与計算を簡易的に処理することができる
賃金総額を名目上だけで「基本給とみなし残業手当」にわけて、割増賃金を削減するようなことがありますが、これは適切とは言えません。
○労働者のメリット
- ・時間外労働の多少にかかわらず、給与支給額が一定になる
- ・時間外労働をせずに仕事を終わらせることで、実際の労働時間より多くの割増賃金相当金額を受け取ることができる
実際には、基本給が低く抑えられていたり、みなし残業時間を超えても割増賃金が支払われなかったりということが多く、労務トラブルの原因となっています。
┃みなし残業時間の上限とは
「みなし残業手当として算定する時間は何時間にすればよいか」という相談を受けることは少なくありませんが、これに対して明確な答えはありません。
働き方改革関連法の施行により、時間外労働の上限が法律に明記されたことを考えると45時間以内とするのが妥当であると考えます。
過去の実態を把握し、45時間の範囲内で実態に合わせて検討することが重要です。
┃みなし残業制の違法性が問われる場面
みなし残業制の違法性が問われて労務トラブルとなるケースとしては、次のようなものが考えられます。
「給与に残業代が含まれているとは聞いていない」
→残業代の支払いを求めて労務トラブルに発展
「実際には長時間労働をしているのにみなし残業手当以上の割増賃金が支払われない」
→実際の時間外労働とみなし残業との差額支払いを求めて労務トラブルに発展
「みなし残業手当が一体何時間分の割増賃金にあたるのか説明されていない」
→割増賃金は支払われていないと主張され、労務トラブルに発展
「みなし残業時間が法外に長く、いくら長時間労働をしても割増賃金が支払われない」
→追加の残業代の支払いを求めて労務トラブルに発展
┃みなし残業制の導入
個別の裁判事例の紹介や解説は、ここでは省略しますが複数の事例を見てみるとみなし残業制が有効と判断されるためには、次のような対応が必要です。
- ○通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別されている
- ○実際の割増賃金がみなし残業(固定残業)代を上回る場合にはその差額を支払う
- →差額支払いについて就業規則(賃金規程)等で明示されている
実務レベルで考えてみると
- ○「基本給」「みなし残業手当」等が労働条件通知書で分けられている
- ○「みなし残業手当」が就業規則(賃金規程)等に規定されている
- ○みなし残業手当が「何時間分の割増賃金に相当するか」が判断できる
- →金額や時間数を労働条件通知書や賃金規程に明記する
- ○タイムカード等で実際の時間外労働時間を把握している
- ○給与明細や賃金台帳に「実際の時間外労働の時間」が明記されている
- ○みなし残業手当の金額(時間数)を超えた時間外労働に対して追加で割増賃金を支払う旨の規定がある
- ○みなし残業手当の金額(時間数)を超えた時間外労働に対して追加で割増賃金を支払っている
以上のような対応をしておくとよいでしょう。
一つでも対応できていないとダメか、いくつ対応すればよいか、という明確な基準はありませんができる限りの対応をしておくことをお勧めします。
┃みなし残業制が否定されるとどうなるか
労務トラブルに発展し「みなし残業制が不適切」「残業代を支払っていたと認められない」と裁判で判断されるとどうなるでしょうか。
みなし残業制が否定されるということは、「そもそも時間外労働に対する割増賃金が支払われていなかった」ということになりますから、遡って割増賃金を支払うことになります。
会社によっては、一つの「みなし残業手当」の中に時間外割増賃金、深夜割増賃金、休日割増賃金というすべてを含むような規定にしているケースもあります。
このような規定にしてしまうと、それぞれ割増率が異なるので「何時間分の割増賃金かを明確に示しているとは言えない」と判断されたケースもありリスクがあります。
みなし残業制を運用、導入する場合には、十分に注意する必要があります。