就業規則を作成し、労働基準監督署への届出をして社員に周知していた場合でもその規則の中身が法令などに反していれば、その部分については無効となってしまいます。
社会保険労務士や弁護士といった専門家が監修した就業規則であれば、法令違反になっていることはほとんどないでしょう。
しかし、就業規則の作成や修正、変更の全部または一部を自社で行っている場合は、法令などに違反していないかよくチェックする必要があります。
「医療法人稲門会事件」では、事業主が作成した就業規則(育児介護休業規程)が育児介護休業法に違反しているとして無効と判断されました。
目次
┃事件の概要(控訴人:労働者、被控訴人:事業主)
本件は、被控訴人が開設する病院において看護師として勤務していた控訴人が、平成22年9月4日から同年12月3日まで育児休業をしたところ、被控訴人が、
- 〈1〉 3か月以上の育児休業をした者は翌年度の職能給を昇給させない旨の就業規則の定めがあるとして、控訴人の平成23年度の職能給を昇給させず、
- 〈2〉 3か月以上の育児休業をした者は、当年度の人事評価の対象外になる
として、
「一定の年数継続して基準を満たす評価を受けた者が受けられる昇格試験の受験資格を認めず、受験の機会を与えない」という判断がされました。
控訴人は、こうした受験資格を与えないという行為について、育児介護休業法第10条(不利益取扱いの禁止)と民法第90条(公序良俗)に反する違法行為であると主張しました。
そして、被控訴人に対し、昇格していれば得られたはずの給与や賞与などの支払いを求めて損害賠償請求をしました。
┃当事者の主張と裁判所の判断
○労働者からの損害賠償請求を認める
裁判所は、事業主に違法行為があったとして損害賠償請求を認める判断をしました。
○育児休業取得者の昇給を認めない規程
規定には「昇給については、育児休業中は本人給のみの昇給とします。」と記載されていました。
この規定だけでは、不明瞭な部分がありますがこの医療法人では以前から
・前年度に3か月以上の育児休業をした者は、翌年度の職能給を昇給させない
という運用をしており、前年度に3か月以上の育児休業をした従業員について、その翌年度の定期昇給において、職能給の昇給をしない旨を定めたものと認定されました。
○育児介護休業法第10条(不利益取扱いの禁止)
育児介護休業法第10条は、事業主において、
- ・労働者が育児休業を取得したことを理由として、
- ・当該労働者に対し、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない
ということを定めていますが、今回の事例のような運用をすることで、育児休業取得の権利を抑制し、育児介護休業法で認められた権利を実質的に失わせることになります。
このような運用は、公序良俗に反し、不法行為法上も違法になるものと裁判所は判断しました。
○事業主の主張
「前年度に3か月以上の育児休業をした者は、翌年度の職能給を昇給させない」ということについて、事業主は次のような主張をしています。
- ・不就労期間が3か月以上に及ぶと昇給に必要な就労経験を積むことができない
- ・就労経験を積めないから能力向上を期待することができない
- ・合理的かつ公平な規定であって、育児休業を理由とする不利益取扱いには当たらない
一方で、同じ不就労期間があったとしても
- ・遅刻、早退
- ・年次有給休暇、生理休暇、慶弔休暇
- ・労働災害による休業・
- ・通院
- ・同盟罷業(ストライキ)、協定された組合活動離席
以上のことなどは、3か月の不就労期間には含まれないという運用がされており、育児休業のみを不利益に取り扱っていることは明らかです。
「不就労期間が3か月以上に及ぶと昇給に必要な就労経験を積むことができない」というのであれば、育児休業以外の理由であっても同じはずです。
このように説明のつじつまが合わないことから考えても育児休業だけを不利益に取り扱う正当な理由はないと言えます。
○裁判所の判断
このように「前年度に3か月以上の育児休業をした者は、翌年度の職能給を昇給させない」という規定は、
- ・3か月の育児休業により、他の9か月の就労状況にかかわらず昇給させない
- ・休業期間を超える期間を昇給の審査対象から除外する
- ・休業期間中の不就労の限度を超えて育児休業者に不利益を課す
以上のようなことから、育児休業を他の欠勤、休暇、休業の取扱いよりも不当に不利益に取り扱うものです。
そのような不当な取り扱いにより育児休業取得者に経済的不利益を与え、育児休業の取得を抑制することになるため、昇給させないという無効であると判断しました。
┃まとめ
育児介護休業法第10条では、育児休業を申し出たり取得したりした者への不利益取扱いの禁止を定めています。
今回の事例のような規定は、育児介護休業法が認めた労働者の権利を実質的に失わせるものであると言えるため無効となります。
それでは実際に事業主としてどのような対応をとればよかったのか?
どのような対応であれば違法性を問われないのか?
ということについては、個別の事例ごとに判断していく必要があるでしょう。
*参考事例
医療法人稲門会事件(平成26年7月18日/大阪高裁/判決)