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【訪問介護事業所の労務管理】就業規則と労働条件の基本について解説

2024/11/8

2024/11/08

この記事の監修

社会保険労務士法人GOAL
代表 社会保険労務士

久保田 慎平(くぼたしんぺい)

1983年8月横浜生まれ、横浜育ち。2011年4月に都内の社会保険労務士事務所へ入職、4年間の実務経験後、2015年4月独立開業。その後、2018年9月に行政書士法人GOALと合流し、社会保険労務士法人GOALを設立。東京・神奈川の中小企業を中心に採用定着支援やテレワーク導入支援、労務トラブル防止、社内研修による人材育成に力を入れている。就業規則の実績200件以上、商工会議所等のセミナー講師実績多数。

訪問介護事業所における労務管理は、職員の働きやすさを左右する重要な要素です。特に、労働条件の明示、年次有給休暇の取得促進、就業規則の作成と周知、そして法定三帳簿の整備と管理は、法令遵守を実現するために欠かせません。

訪問介護の現場では、直行直帰の勤務形態や利用者のスケジュールに依存する働き方が多く、一般的な事業所に比べて管理が複雑になりがちです。また一般的に介護事業者は事業所の収入に直結する介護保険法を重視するあまり、労働基準関係法令を軽視しがちです。このような事業所の姿勢は職員の早期離職につながり人材不足と介護サービスの低下、労務トラブルの原因にもなります。

今回は、訪問介護事業所の労務管理、就業規則と労働条件の基本について解説します。

┃訪問介護職員の「労働条件の明示」の重要性

○労働契約書(労働条件通知書)の明示事項

訪問介護事業所において、労働条件の明示は職業の確保と事業の安定運営のために非常に重要です。明確な労働条件は、事業主と職員の信頼関係を築く基盤となります。

労働基準法第15条第1項には、「使用者は、労働契約の締結に際し、職員に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」と規定されており、次に掲げる事項について労働契約を締結する際に原則書面(電子メール等印刷できる方法でも可)で通知する必要があります。

  • (1)労働契約の期間に関する事項
  • (2)期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
  • (3)就業の場所及び従業すべき業務に関する事項
  • (4)始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに職員を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
  • (5)賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
  • (6)退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

(1) から(6)((5)のうち、昇給に関する事項を除く。)については、書面での通知が原則です。

  • (7)退職手当の定めが適用される職員の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
  • (8)臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
  • (9)職員に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
  • (10)安全及び衛生に関する事項
  • (11)職業訓練に関する事項
  • (12)災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
  • (13)表彰及び制裁に関する事項
  • (14)休職に関する事項

(7)から(14)については、事業所がこれを定めない場合には明示する必要はありません。

*厚生労働省「採用時に労働条件を明示しなければならないと聞きました。具体的には何を明示すればよいのでしょうか。」

○労働条件の適切な説明

労働条件の明示は、書面を交付するだけではなく内容を職員が理解できるように説明をすることも重要です。特に訪問介護職員は、利用者宅への直行直帰が一般的なため、以下の点に配慮した説明が求められます。

・初回契約時の説明

労働契約を結ぶ際に、職員が質問しやすい環境を整え、分かりやすく説明します。就業場所や業務内容、賃金に関する細かな説明は職員の理解を深め、労働意欲を向上させるための基礎となります。

・労働条件通知書と現場の運用の説明

利用者のニーズに応えるために労働条件通知書で明示した労働時間に変更が生じる可能性など事前に説明が必要なことはあらかじめ通知しましょう。

・定期的な労働条件の確認

訪問介護事業では、利用者の数や対応内容の変化により労働時間や労働日数に変動が生じることもあります。労働条件通知書や労働契約書は常に見直しをして、労働条件が適切に反映されているか定期的な確認も欠かせません。

○労働条件明示を怠った場合等のトラブル事例

訪問介護事業所で労働条件の明示を怠ると以下のような労務トラブルが発生する可能性があります。

・賃金トラブル

労働条件を不明確にしたまま勤務を開始すると、「時間外手当が支払われない」「移動時間が労働時間に含まれない」などの賃金トラブルが発生しやすくなります。特に訪問介護では、労働時間と移動時間が混在するため、適切な賃金計算を行わないと後から不満が生じる原因となります。

→訪問介護事業の移動時間と労働時間について詳しくはこちら

・シフトや休みのトラブル

就業場所や勤務時間の説明が不足していると、急なシフト変更に対応できなかったり、計画通りに休みが取れないという不満が生まれます。このようなトラブルを避けるためには、契約時にシフト変更や休日の取り扱いを十分に説明することが重要です。

・退職時のトラブル

退職時の手続きに関する条件が明示されていない場合、「退職希望日に退職できない」「退職金が支払われない」などの問題が生じやすくなります。退職手続きなどを明確にしておくことで、労使間のトラブルを防止できます。

01_就業規則の記載事項

┃年次有給休暇の付与と取得促進

○年次有給休暇の基本ルール

年次有給休暇は労働基準法で定められた権利で、勤務日数に応じて全ての職員に付与されます。年次有給休暇は、雇い入れ後6箇月以上継続勤務し、その期間の全労働日の80%以上に出勤した社員に対して一定の休暇日数が権利として付与されます。6箇月経過後は、1年ごとに継続勤務期間に応じた休暇日数が付与されます。

○年次有給休暇の取得促進

年次有給休暇の取得を促進し、消化率を向上させることは人材確保や離職防止にも繋がります。訪問介護事業所において年次有給休暇の取得を促進するための施策として、計画的付与の活用や職員間の引き継ぎ体制・サポート体制の整備、年次有給休暇の制度周知が有効です。

事業所が年次有給休暇取得を奨励していることを周知し、職員に対して「遠慮せず休暇を取ることが大切である」との意識を促します。特に、新入社員に対しては、入職時のオリエンテーションなどで年次有給休暇について丁寧に説明することが有効です。

○訪問介護における特有の問題点

訪問介護の現場では、年次有給休暇取得において他の業種に比べていくつか特有の問題点があります。

・利用者のスケジュールに依存する勤務形態

訪問介護では、利用者のニーズに合わせて訪問時間が決まるため、職員の都合だけで休暇を取得することが難しい場合があります。特に、利用者が特定の職員に信頼を寄せている場合、職員が休暇を取ることで利用者やその家族に影響が生じる可能性があります。

・代替スタッフの確保

年次有給休暇取得のために代替スタッフを手配する必要がありますが、訪問介護の現場では人員が不足している場合も多く、急な休暇取得に対応しにくい状況です。このため、事前に休暇の計画を立てないと、運営に支障が出るリスクが高まります。

・直行直帰の勤務体制

訪問介護職員は直行直帰の勤務形態が多いため、事業所が労働時間や休暇取得の状況を管理しにくい傾向があります。このような勤務形態は、職員が事業所のルールや休暇の制度について認識しにくく、取得意識が薄れる原因にもなり得ます。

このような訪問介護事業所の特有の問題点に配慮しながら、年次有給休暇の付与と取得促進を進めることが求められます。

02_年次有給休暇の付与日数

→年次有給休暇について詳しくはこちら

┃就業規則の作成と全職員への周知

○就業規則の基本内容と作成ポイント

就業規則は、職場での労働条件や勤務ルールを明確にするためのものです。常時10人以上の職員を使用する事業所には届け出が義務づけられています。ここでいう常時10人とは、フルタイム勤務の正職員だけではなくパートタイマーなど短時間の職員を含みます。

訪問介護事業所の特有の課題である移動時間や業務報告書作成時間、待機期間、研修参加時間など介護サービス提供時間以外の取り扱いについても明確にしておくことで職員に安心を与えることができます。利用者都合でキャンセルが発生した場合の休業手当についても明記しておくことが望ましいでしょう。

→キャンセル発生時の給与支払い義務について詳しくはこちら

労働時間や賃金の他、服務規定として訪問先での服装、礼儀、情報管理など、各事業所の実態に合った規定を設けることを忘れないようにしてください。

○就業規則の周知義務

就業規則の周知が必要な理由は、「就業規則の効力がいつ発生するか」にかかわります。就業規則は、労働基準監督署に届出をしたときではなく、社員に周知をしたときに効力が発生するのです。就業規則は、社員の労働条件や会社内の守るべきルールなどを定めたものですから社員全員がその内容を理解していないと意味がありません。就業規則を作成した後は、社員に周知し、いつでも自由に閲覧できる状態にすることが必要です。

○定期的な見直しの必要性

就業規則は一度作成して終わりではなく、事業所の状況や法改正に応じて定期的に見直し、改訂していく必要があります。特に、訪問介護のようにサービスのニーズが多様化している分野では、柔軟に対応することが求められます。

労働基準法や介護保険法の改正に伴い、就業規則を更新し、最新の法令に準拠することが重要です。最近では育児・介護休業に関する法改正が度々行われているためその都度の見直しが必要です。

就業規則の変更をした場合は、全職員に改訂内容を周知し、説明会を実施するなど理解を深めてもらう機会を設けることが必要です。

→就業規則の周知方法と周知義務について詳しくはこちら

┃法定三帳簿の整備と適切な管理方法

○三帳簿の概要と整備方法

訪問介護事業所においても、労働基準法で定められた「法定三帳簿」の整備と管理は、適正な労務管理を行う上で不可欠です。

法定三帳簿とは、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿の3つの帳簿のことで、事業者にはこれらの帳簿を整備し、職員の労働に関する記録を正確に保管する義務があります。

労働者名簿は、職員の氏名、性別、生年月日、住所、雇用開始日、離職日など、基本情報を記載する帳簿です。これは、職員の管理や緊急時の連絡に役立つほか、適切な労働条件を整備するための基礎資料となります。

賃金台帳は、賃金の内訳(基本給、時間外手当、通勤手当など)、支給日、支給額などを記録する帳簿で、賃金計算の基礎となります。訪問介護の場合、時間外の訪問業務が発生する場合があるため、こうした勤務に対する割増賃金の記載も必要です。

出勤簿は、労働時間の記録を残すための帳簿で、日々の勤務時間や休憩時間を記載します。訪問介護職は直行直帰が多いため、スマートフォンなどを活用して正確な出退勤管理ができるよう工夫することも有効です。

○法定帳簿の重要性と注意点

法定三帳簿を整備することは労務管理の基本です。事業所が職員の適正な労働条件を確保し、法的なトラブルを防ぐために極めて重要です。帳簿が正確に記録・管理されていれば、労働時間や賃金に関する法令遵守を証明することができ、労働基準監督署からの指導や監査においても適切に対応できます。

法定三帳簿は労務トラブル発生時の証拠になります。賃金の支払いや勤務時間に関する誤解や誤りを防ぐためにも、適正な記録を残しておくことが求められます。帳簿が適切に整備されていない場合、労働基準監督署による調査で指摘を受け、是正勧告の対象となることもあります。

○記録の適正な保管と更新

法定三帳簿は、法的な保存期間が定められており、その期間中は適切に保管しなければなりません。また、情報の正確性を保つために、必要に応じて帳簿内容を更新することも大切です。

労働者名簿と賃金台帳、出勤簿は3年間の保管が義務付けられています。これは退職した職員の記録も同様です。法定三帳簿などの労務管理上必要な資料は、紙で作成し整備することもできますが最近ではクラウドシステムなどを活用して電子化を進める事業所も増えています。出勤簿や賃金台帳を電子データとして保存し、必要な時に即座に確認できるようにすることで、管理の効率化と情報の信頼性が向上します。

┃まとめ

今回は、訪問介護事業所の労務管理、就業規則と労働条件の基本について解説しました。

訪問介護事業所における労務管理の適正化は、職員の働きやすさを高め、事業の信頼性を向上させるために重要です。労働条件を明示し、年次有給休暇の取得を促進することは、職員の満足度を向上させ、離職防止にも役立ちます。また、就業規則の作成・周知徹底を通じて事業所のルールを明確にすることで、労使間のトラブルを防ぎ、安心して働ける職場環境を整備できます。

さらに、法定三帳簿(労働者名簿、賃金台帳、出勤簿)を適切に整備し管理することで、労働時間や賃金支払いの正確性を確保し、法令遵守の実績を証明できます。定期的な規則の見直しや帳簿の更新を行い、法改正や現場の変化に柔軟に対応することも大切です。これらの対策を講じることで、訪問介護事業所として安定した運営が可能になり、職員と利用者双方に信頼される環境が築かれるでしょう。

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