【退職時の労務管理】社員が給与の受け取りを拒否した時の対応とは

退職時、社員から給与や退職金の受け取りを拒否(辞退)されるケースがあります。給与等の支払いを拒否するケースは様々考えられますが会社としては、支払う義務がある以上、最後の支払いを終えてすっきりしたいという考えもあるでしょう。

今回は、社員が給与の受け取りを拒否した時の対応についてお伝えします。

目次

┃社員からの申し出による給与の受け取り拒否(辞退)

○社員が給与の受け取りを拒否(辞退)するケース

社員が本来支払われるはずの給与等の受け取りを拒否するケースは様々考えられますが、よくあるケースでは、在籍中の自分のパフォーマンスに納得がいかなかったり、採用時にできると考えていたことができなかったりしたケースが挙げられます。

このようなケースでは、「会社に迷惑をかけてしまったから給与の受け取りを辞退したい」と申し出がされることがあります。

○社員の意思による給与の受け取り拒否(辞退)は有効か

労働契約(雇用契約)については労働契約法と民法でそれぞれ次のように定められています。

労働契約法第6条(労働契約の成立)

労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

民法第623条(雇用)

雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

以上のように原則的には、会社(事業主・雇用者)が賃金を支払い、社員(労働者・被用者)が労務を提供するという関係になっています。

そのため、本来であれば労働の対価である賃金の受け取りを拒否するということについて、法律上は想定されていないと考えられます。

しかし、今回のケースのように特別な事情があって社員が自らの意思で給与の受け取りを拒否するような場合については、その給与受け取り辞退の意思表示は有効となる可能性があります。

┃賃金支払い5原則と会社が賃金を支払う義務

○会社(事業主)が給与を支払うときの原則「賃金支払い5原則」

賃金の支払いについては、「通貨で」「全額を」「直接」「毎月一回以上」「一定の期日を決めて」支払うこととされており、これを賃金支払い5原則といいます。

会社は、労働の対価として社員に対して給与を支払う義務があります。この、社員が給与を受け取る権利は、労働基準法により強く保護されていて、例え会社が社員の行動によって損害を被ったとしても一方的に給与の支払いを停止したり、給与から損害額を控除したりすることはできません。

*出典:東京労働局「労働基準法のあらまし2018」

┃給与の受け取り辞退をされたときの実務対応

○給与の受け取り辞退は社員の自由な意思であること

賃金の受け取り拒否に関しては、「シンガーソーイングメシーン事件(昭和48年1月19日/最高裁判所第二小法廷/判決)」という事例があります。この事例では、退職金について一度、受け取りを拒否した元社員が「受け取り拒否の意思表示には誤りがあった(錯誤)」として、退職金の支払いを求めました。

結果としてこの事例で裁判所は、「賃金に当る退職金債権放棄の意思表示は、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、有効である。」と述べて、「退職金は社員の意思により受け取り拒否されたものだから支払わない」という会社の主張を認めることになりました。

○社員が自らの意思で給与の受け取りを辞退した記録を残す

シンガーソーイングメシーン事件からもわかる通り、給与の受け取り拒否について社員の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合には、後からトラブルに発展した場合であっても有効であると考えられます。

そこで重要なのはなにをもって「社員の自由な意思に基づくもの」だったかを証明するか、ということです。後から「やっぱり支払ってほしい」と言われたときに会社としてしっかりと主張をするためには証拠が必要です。

会社側としては、既に行われた労働分について支払う意思を伝えた上でそれでも辞退したいというのであれば、「○○の事情により自らの意思で最終給与の受け取りを辞退する」旨を退職届などに記載してもらうような対応しかないでしょう。

○行方不明等で給与の支払いができないとき

少し事情が変わりますが社員が突然出社しなくなってしまって連絡も取れないようなケースもあります。銀行口座がわかれば振り込めばいいですがそれもわからないこともあります。そのようなときは、会社が把握している住所へ郵送で「既に働いた分の賃金については支払う用意があること」を通知する等の方法が考えられます。

就業規則(賃金規程)に規定に基づいて、就業継続の意思確認のために給与を手渡しするとして出社してもらうような方法もあり得ます。

┃まとめ

今回は、社員が給与の受け取りを拒否した時の対応についてお伝えしました。

会社を経営していると給与の受け取り拒否というような思ってもみなかったことが起こることもあります。

不測の事態について後々、トラブルに発展しないよう顧問社労士や顧問弁護士のアドバイスの元に対応するようにしてください。

※2023年8月15日、内容更新しました。

この記事を書いた人

社会保険労務士法人GOALの代表。中小企業を中心に人事労務管理・就業規則の作成・助成金の申請サポートに対応しています。

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