【固定残業代制度が“違法”と言われないために】制度の設計と運用方法をわかりやすく解説
固定残業代制度の運用不備や認識間違いによる労務トラブル、訴訟トラブルに発展するケースは少なくありません。
こうしたトラブルは、未払い残業代請求という形で会社にリスクをもたらします。
今回は、そのような未払い残業代請求リスクから会社を守るための制度設計と運用方法を解説します。
┃固定残業代制度・未払い残業代請求リスク
○労務トラブルの相談件数は14年連続100万件超
各都道府県労働局や労働基準監督署内などには、労務トラブルの相談窓口として総合労働相談コーナーが置かれています。ここでは、会社と社員間の労務トラブルを未然に防いだり、迅速に解決したりするために相談員による相談などが行われています。
相談だけで解決しないものや既に争いになっている事案については、必要に応じて都道府県労働局長による「助言・指導」、紛争調整委員会による「あっせん」へと進んでいくケースもあり、令和3(2021)年に総合労働相談コーナーに寄せられた相談件数は124万2,579件、14年連続で100万件を超えています。
それだけ、労務トラブルが多く起きていると考えることができるでしょう。
○1社あたり100万円以上の未払い残業トラブル
厚生労働省から公表された「監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度)」では、労働基準監督署が監督指導を行った事案のうち、割増賃金の未払いが1企業あたり100万円以上になったものが取りまとめられています。
令和3(2021)年度は1,069企業、支払われた割増賃金の平均額は、1企業当たり609万円、労働者1人当たり10万円という結果になっています。
このような割増賃金の未払いが1企業あたり100万円以上になる事案というのは、平成23(2011)年以降で見てみると毎年1,000件を超え、多い年では2,000件に迫る数値となっています。
この数字をどのように感じるかは企業規模や売上規模などにもよると思いますが、割増賃金の遡及支払いが1人にとどまらず2人…3人…10人…となったらどうでしょうか。
賃金未払い残業が発生するときというのは、「たまたま一人だけ給与計算が間違っていた」というケースは稀で、固定残業代制度の運用が不適切だったり、勤怠管理に不備があったりなど全社員に影響することの方が多いでしょう。そうすると1人の訴えをきっかけに複数の社員から未払い残業代請求をされることもあります。
┃30時間・40時間・45時間・60時間・・・?固定残業は何時間にすればいいか
○固定残業時間は何時間が適正か
固定残業代制度を導入するにあたり、固定残業時間として見込む時間は何時間にしたらよいでしょうか。
この部分に関しては、過去の裁判例で個別に有効・無効が判断された事例はあるものの、明確な基準が無いのが現実です。
明確な基準が無いからといって80時間…100時間…と何時間でも良いわけではありません。裁判例の中では、80時間や100時間といった固定残業代制度を否定した事例もあるので注意が必要です。
○固定残業時間●●時間が適正
結論から言うと、固定残業時間は45時間以下で設定しておくのが良いでしょう。45時間というのは、労働基準法第36条で定められている1箇月あたりの時間外労働の限度(上限)時間を基準としています。
この限度時間は、働き方改革が進められる中で改正労働基準法に明記されたものです。もちろん、できる限り短い時間にした方が良いというのは言うまでもありません。
┃固定残業代制度を廃止・撤廃するときの不利益変更の問題
○固定残業代制度の廃止は労働条件の不利益変更になる
固定残業代制度導入前で、自分の思っていたような制度とは違った、と感じるようであればもう一度よく考えた方がよいでしょう。問題は、間違った認識のまま固定残業代制度を導入し、これまで間違った運用をしてきてしまった人たちです。
働き方改革を推進する中で、世間一般的にも固定残業代制度を廃止して原則通りの時間計算による残業代支給に変えようという動きもあります。
従来見込んでいた固定残業時間よりも実際の残業時間がだいぶ少なくなったから固定残業代制度を廃止したいという会社もあります。
しかし、簡単に「来月から固定残業代制度を廃止します」、「固定残業時間を45時間から20時間に減らします」ということはできず、ここで問題になるのが労働条件の不利益変更です。
○労働条件の不利益変更とは
労働条件の不利益変更とは、読んで字のごとく「労働者にとって不利益が生じるような労働条件の変更(切り下げ)」のことを言います。
固定残業代制度の廃止や固定残業時間の削減による固定残業代の減額は、労働者が今まで受け取っていた手当が減額される、という意味で労働条件の不利益変更になります。
裁判所や労働基準監督署は、労働条件の不利益変更について厳しい見方をする傾向にあり、事業主の勝手な都合や言い分による労働条件の切り下げは許されないのです。
労働条件の不利益変更を行うためには、適切な手順と方法で進めていく必要があります。会社独自に進めていくのはとてもリスクが高いので社会保険労務士や弁護士といった専門家とよく話し合いをした上で実施するようにしてください。
労働条件の不利益変更の進め方としては、次のようなことがポイントになります。
- ・社員への説明と個別の同意を得る
- ・経過措置を設ける
- ・代償措置でメリットも提示する
労働条件を変更するためには、就業規則の変更は必要不可欠です。これについては、私の別の著書「経営者のための現場で本当に使える“リアル”就業規則・社内規程」でも触れていますのでそちらもぜひ、ご覧ください。
*参考:経営者のための現場で本当に使える“リアル”就業規則・社内規程
(第2章「今さら聞けない就業規則の基礎知識と作成ポイント」)
┃固定残業代制度の設計・導入方法とは
固定残業代制度を適切に運用していくためには、「対価性」と「明確区分性」、そして差額精算について賃金規程に明記しておくことが重要とお伝えしました。
これらについて、実際にどのようにしていったらよいを考えていきます。
○基本給等(基準内賃金)と固定残業手当は分ける
就業規則(賃金規程)はもちろん、労働条件通知書、労働契約書では、基本給などの基準内賃金と固定残業代(基準外賃金)を分けて記載をします。
口頭で済ませるのは労務トラブルの元です。
○固定残業手当の定義を明記する
就業規則(賃金規程)に固定残業手当の定義を明記しておくことも重要です。名称は、「固定残業手当」でなくても構いませんが、残業代として支払われることが明確にわかりやすい方がよいでしょう。
○固定残業代として見込まれる時間数を明記する
就業規則(賃金規程)や労働条件通知書、労働契約書に「○時間分の残業手当として支給される手当である」ことが明確に記載されていると誤解を生まず、労務トラブルを防ぐことができるようになります。
○給与明細・賃金台帳に固定残業代の金額を明記する
社員に毎月渡される給与明細でも「固定残業手当」という項目の元、その金額を明らかにしておきます。
○給与明細・賃金台帳に実際の残業時間を明記する
毎月の給与明細では実際に行った残業時間を記録していきます。
○タイムカード等で勤怠管理を適切に行う
固定残業代制度が適切に運用されるためには、実際に行われた時間外労働が固定残業代で見込んでいる時間以内に収まっている必要があります。そのことを確認するためには、勤怠管理、労働時間管理は必要不可欠です。
○残業代の追加支給が発生したら差額を支給する
固定残業代として見込んでいる時間を超えた残業があった場合にはその差額を支給する必要があります。さらに、「差額支給する旨」は、就業規則(賃金規程)に明記しておくとよいでしょう。
┃未払い残業代請求リスクから会社を守るために必要なこと
○固定残業代制度が否定されたときの未払い残業請求リスク
固定残業代制度が否定されるということ、それは「まったく残業代を支払っていなかった」と認定されてしまう、ということにもなり兼ねません。
残業代未払いで訴えられるようなことになれば2020年4月以降の期間分に関しては最大で3年分(将来的には5年分)、遡って残業代を請求される可能性があります。
一人に未払い残業代を支払えば他の社員から「自分にも支払ってほしい」と言われ、「○○さんが会社に言って未払い残業代を支払ってもらったらしい」という話は広まっていきます。
解雇や退職勧奨により辞めさせたときの他、会社としては円満退職だと思っていたのに後から訴えられるようなケースもあります。
○今すぐ対策しても未払い残業代請求リスクは●年間は消えない
未払い残業代請求リスクは、固定残業代制度を運用している会社だけに限られた話ではありません。しかし、固定残業代制度の理解度が低かったり、正しく理解できていなかったりする会社が大きなリスクを抱えている可能性が高いのも事実です。
未払い残業代請求リスクに特効薬はありません。
昨日まで不適切だったことを今日から直したとしても昨日までの未払い残業代は帳消しにはならず、これからも最大で3年間は、リスクを抱えたまま経営を続けていくしかないのです。
┃まとめ
今回は、そのような未払い残業代請求リスクから会社を守るための制度設計と運用方法を解説しました。
意図的に残業代を支払わない会社は問題外として、認識違いによる未払い残業代の発生はどうしても避けたいところです。
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