固定残業代制度とは?導入メリットと違法とされないための設計・運用ガイド【社労士監修】

固定残業代制度は、多くの企業で導入・運用されています。当事務所でも就業規則の作成にあたって「固定残業代制度を取り入れたい」というご相談をよくいただきます。
一方で、制度が正しく運用されていないケースも多く、未払い残業代の請求といった労務トラブルに発展することも珍しくありません。
そこで今回は、固定残業代制度を導入する理由や、制度のメリット・デメリットについて詳しく解説します。
なお、「みなし残業制」や「定額残業制」といった呼ばれ方をすることもありますが、ここでは「固定残業代制度」という表記で統一します。
固定残業代制度とは
固定残業代制度とは、時間外労働(残業)や休日労働、深夜労働に対して、あらかじめ定額の残業代を給与に含めて支払う制度のことを指します。
本来であれば、これらの労働時間を毎月集計し、実際に発生した分に応じて割増賃金を支払う必要があります。しかし、業務量に繁閑の差がある職場では、支払う残業代が月によって大きく変動することがあります。
こうした変動を抑えるために導入されるのが固定残業代制度です。
あらかじめ一定時間分の割増賃金を固定額として支給することで、毎月の給与計算を安定させることができるというのが、この制度の主な目的のひとつです。
固定残業代制度を導入する目的
固定残業代制度を導入する目的は、大きく分けて人件費の変動を抑えることと、長時間労働の抑制の2つがあります。
それぞれの機能を正しく理解した上で、会社にとっては経費の管理を適切に行い、社員にとっても働きやすい環境を整えるために、制度を上手に活用していくことが求められます。
それぞれの機能について詳しく見ていきましょう。
人件費の変動を抑制する機能
会社は本来、時間外労働(残業)や休日労働、深夜労働などの実際の労働時間を管理し、その時間に応じた割増賃金を支払うことが原則です。
しかし、この原則どおりに対応すると、残業時間の増減によって毎月の給与支払い額、つまり人件費が変動してしまうことがあります。
そこで固定残業代制度を導入すれば、割増賃金の金額をあらかじめ一定にできます。結果として、人件費の変動を抑えることが可能になります。
実際の残業が固定残業代を超えた場合は追加で支払う
固定残業代制度を導入することで、人件費の変動を抑えることができるといっても、あらかじめ見込んだ残業時間を超えた分については、別途残業代を追加で支払う必要があります。
そのため、見込み時間を少なく設定しすぎると追加支払いが頻繁に発生します。逆に多く設定しすぎると、固定で支払う金額が必要以上に高くなってしまいます。
こうしたリスクを避けるためには、実態に合った現実的な残業時間を見込むことが大切です。
適切な見込み時間を設定するには、日々の労働時間を正確に管理し、勤怠データをもとに制度設計を行うことが欠かせません。
長時間労働を抑制する機能
固定残業代制度を導入することで、長時間労働の抑制につながります。理由の一つとして、無駄な残業やダラダラ残業を防ぐ効果があると考えられています。
中には、業務上必要がないにもかかわらず、残業代を稼ぐために長く働こうとする社員がいるケースもあります。
本来、残業は業務の必要性があり、会社が認めたうえで指示を出して行うものです。しかし実際にはそこまでしっかり管理できている会社は少ないのが現状です。
こうした背景からも、固定残業代制度を活用することで、不要な残業を抑え、労働時間の適正化を図ることが求められています。
残業が発生するパターン
残業が発生する原因は、大きく分けて2つあります。
1つ目は「仕事が定時で終わらないから」、2つ目は「残業代が欲しいから」です。
「仕事が定時で終わらないから」という理由で残業するのは、やむを得ないケースといえます。業務量が多かったり、人手が足りなかったりする状況では、どうしても残業が必要になることがあります。
一方で問題となるのが、「残業代が欲しいから」という理由で行われる残業です。たとえば、必要もないのに時間を引き延ばす「ダラダラ残業」や、無駄な作業を続けて残業代を稼ごうとするケースです。
こうした「残業代目当て」の残業を抑える手段として、固定残業代制度が有効です。
このような残業が起こる背景には、基本給が低く、残業をしなければ十分な給与にならないという構造的な問題があるともいえます。
とはいえ、会社側としても急に基本給を引き上げることは難しいでしょう。固定残業代として一定額を支給することで給与を底上げするという方法が現実な対策です。
固定残業代制度の制度設計
固定残業代制度の運用ミスや認識の誤りによって、労務トラブルや訴訟に発展するケースは決して少なくありません。
中でも特に多いのが、未払い残業代の請求につながるトラブルです。こうしたリスクから会社を守るためには、制度の適切な設計と正確な運用が欠かせません。
固定残業代制度を正しく運用するには、「対価性」「明確区分性」、そして「差額精算のルール」を賃金規程などに明示しておくことが非常に大切です。
本記事では、実際にどのように制度設計・運用していくべきかをわかりやすく解説していきます。
固定残業代制度の導入方法
固定残業代制度を導入する方法には大きく分けて「手当型」と「組込型」があります。いずれの場合も対価性と並んで重要になるのが「明確区分性」です。
これは、基本給などの基準内賃金と、固定残業代として支払われる基準外賃金(残業代相当部分)が、明確に区別されているかどうかを意味します。
手当型 | 固定残業代を基本給とは別の手当として支給する方法 |
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組み込み型 | 固定残業代を基本給に含めて支給する方法 |
手当型では、固定残業代が「○○手当」として基本給とは別に支給される形式が一般的です。たとえ金額が適正かどうかは別としても、明確区分性の要件は比較的満たしやすいといえます。
これに対して組込型の場合、固定残業代が基本給に含まれている形式です。そのため、金額の内訳や何時間分の残業代が含まれているのかが曖昧になりがちです。
たとえば、就業規則や労働契約書に「基本給には月○時間分の時間外割増賃金を含む」といった明記があればまだ良いでしょう。
一方で、そもそも具体的な時間数の記載がない場合や、雇い入れ時に口頭で「毎日1時間くらい残業があるから、それを加味して基本給を決めている」といった説明だけで済ませてしまうケースでは、後に「言った・言わない」のトラブルに発展しやすくなります。
また、給与明細や契約書に「基本給」としか記載がなく、固定残業代の内訳が不明確な場合、未払い残業代の請求を受けるリスクが高まるため注意が必要です。
制度を導入する際には、形式に応じて明確なルールを定め、文書でしっかり示すことが不可欠です。
制度設計における注意点
具体的な制度設計における注意点について見ていきましょう。
基本給等(基準内賃金)と固定残業手当は分ける
就業規則(賃金規程)はもちろん、労働条件通知書や労働契約書においても、基本給などの基準内賃金と、固定残業代(基準外賃金)は明確に分けて記載する必要があります。
「基本給に含まれています」といった口頭説明だけでは、労務トラブルの原因になりかねません。
固定残業手当の定義を明記する
就業規則(賃金規程)には、固定残業手当が残業代として支払われる趣旨の手当であることを、明確に定義しておくことがポイントです。
名称は「固定残業手当」でなくてもかまいませんが、性質がわかりやすく伝わる名称にしておくことで、誤解を避けやすくなります。
固定残業代として見込まれる時間数を明記する
就業規則や労働契約書、労働条件通知書には、「○時間分の時間外労働に対する手当として支給する」ことを明記しておくと、制度への理解が深まり、トラブル防止につながります。
曖昧な記載ではなく、具体的な時間数を明示することがポイントです。
給与明細・賃金台帳に固定残業代の金額を明記する
毎月の給与明細でも、固定残業代が何円支給されているかを項目として明示しておくことが大切です。また、賃金台帳にもその内容を記録しておきましょう。
給与明細・賃金台帳に実際の残業時間を明記する
給与明細には、その月に実際に行われた残業時間も記載しておきましょう。見込み残業時間と実績を把握することで、適切な労働時間管理につながります。
タイムカード等で勤怠管理を適切に行う
固定残業代制度を適正に運用するには、日々の勤怠管理が欠かせません。
実際の残業時間が、あらかじめ見込んでいた時間の範囲内に収まっているかどうかを確認するためにも、タイムカードや勤怠システムによる正確な労働時間の記録が必要です。
残業代の追加支給が発生したら差額を支給する
見込時間を超えて残業が発生した場合には、その超過分について追加で残業代を支払う必要があります。また、この差額精算を行うことを就業規則や賃金規程に明記しておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
固定残業代制度の運用における注意点
固定残業代制度の運用における注意点について詳しく見ていきましょう。
固定残業時間を超えた場合
固定残業代制度を有効に機能させるためには、「対価性」と「明確区分性」に加えて「差額精算」も必要な要件とするべきだという意見があります。
制度の有効性にかかわらず、固定残業代として支払った時間を超えて残業が発生した場合には、その差額を支払うことは会社として当然の義務です。もし差額の支払いが行われていなければ、それは残業代の未払いとみなされ、法的な問題に発展する可能性があります。
こうした「差額を精算しない運用」が続くことで、固定残業代制度そのものが「ブラック企業の制度」として誤解されることもあります。
本来、固定残業代制度は、定額で安定した残業代を支給しつつ、超過した場合にはその分を上乗せして支払うという仕組みです。適切に運用されていれば社員に不利益が生じることはありません。
制度を導入する際には、実際の残業時間と支給額に差が出た場合には必ず差額を清算することを、就業規則(賃金規程)などにも明記しておくこともポイントです。
制度の透明性が高まり、労使双方にとって安心できる運用が可能になります。
固定残業代制度を導入した場合でもタイムカードは必要
固定残業代制度を導入したいと考える経営者の中には、「労働時間の管理が面倒だから」といった理由を挙げる方もいますが、この考え方は明らかに誤りです。
固定残業代としてあらかじめ一定時間分の残業代を支給していたとしても、その時間を超える残業が発生した場合には、会社は超過分の残業代を追加で支払わなければなりません(差額精算)。
この差額を支払わない場合、それは残業代の未払いとして法的リスクを伴うことになります。
そして当然ながら、差額を正しく精算するには、実際に社員が何時間残業したかを把握していなければなりません。
つまり、固定残業代制度を導入しても、タイムカードなどを使った日々の労働時間の管理は必ず必要になるということです。
労務管理がラクになるわけではない
「固定残業代制度を導入すれば労務管理がラクになるのでは」と考える方もいますが、そうではありません。
人件費の変動を抑えるというメリットはあるものの、労働時間管理を省略したり簡略化したりできる制度ではないのです。
また、労働基準法では時間外労働の上限規制が定められており、これを守るためにも労働時間の正確な把握が求められます。
制度の目的や運用の実態を踏まえると、固定残業代制度を導入すれば労働時間管理を行わなくてよくなる、という認識は誤りであることがわかります。
労務管理を適切に行いながら固定残業代制度を活用するには、制度の性質を正しく理解し、丁寧な運用が不可欠です。
固定残業代の金額と固定残業時間の決め方
固定残業代制度を導入する際にまず検討すべきなのは、固定残業代としていくら支給するのか、そして何時間分の残業として見込むのかという点です。
実際に新しく取引を開始した会社の賃金台帳や給与明細を見ると、「固定残業手当○○円」と記載されていることがあります。
しかし、「この固定残業手当は何時間分の残業代ですか?」と確認しても、明確に答えられない、そもそも深く考えていなかったというケースは少なくありません。
中には「とりあえず手当をつけておけばいいと思った」「知人の経営者に、固定残業代にしておけば残業代を払わなくて済むと言われた」といった、根拠のない理由で制度を導入してしまっている企業も見受けられます。
こうした制度設計の甘さは、後に固定残業代制度が無効と判断されるリスクを高める原因になります。
固定残業代の金額設定が曖昧であれば、当然ながら何時間分の残業を見込んでいるのかも不明確になります。
ひどい例では、「固定残業手当として2万円支給、これは50時間分です」と、何の計算根拠もなく設定されているケースすらあります。
固定残業代制度は、適切に設計・運用しなければ重大な労務トラブルにつながるおそれがあるため、金額と時間数の関係は必ず根拠を持って設定することが重要です。
固定残業手当の具体例
たとえば、「年間休日日数が120日(土日祝日休み)」「1日の所定労働時間が8時間」という場合、1か月あたりの平均労働時間は約163時間になります。
この条件のもとで、月給30万円の社員に50時間分の固定残業代を支給すると、残業代の金額はおおよそ115,000円程度になります。
しかし、仮に制度設計が不適切で、実際にはそれ以上の残業が常態化していた場合、月あたりで約95,000円もの未払い残業代が発生している可能性があるのです。
これは、固定残業代の金額や時間数を適当に決めてしまった場合に起こりうる重大なリスクです。
しかも、残業代の請求は最大で過去3年間(将来的には5年間)さかのぼって請求される可能性があります。制度設計の甘さが、将来的に多額の支払い義務に発展することもあり得ます。
「固定残業代制度を導入しているから、実際の残業時間は関係ないのでは?」という質問を受けることもありますが、それは誤解です。
固定残業代制度であっても、労働基準法で定められた原則どおりの方法で残業代を計算し、制度上の支給額がそれを下回らないように設計する必要があります。
つまり、実際の残業時間が何時間だったのかを把握し、そのうえで適正な金額を支給しているかを常に確認しておく必要があるのです。
固定残業時間は何時間が適正か
固定残業時間については、過去の裁判例で個別に有効・無効が判断された事例はあるものの、法律上の明確な基準は設けられていないのが実情です。
ただし、基準がないからといって、80時間や100時間といった長時間の設定が許容されるわけではありません。
実際、裁判例の中には、そのような長時間の固定残業時間を無効と判断したケースもあり、慎重な設定が求められます。
結論として、固定残業時間は月45時間以下に設定するのが望ましいとされています。この45時間という数字は、労働基準法第36条に基づく、1か月あたりの時間外労働の上限時間です。
これは、働き方改革の流れの中で改正労働基準法に明文化された基準であり、実務上の目安としても有効です。
もちろん、可能であればこの時間よりも短い時間に設定する方が望ましく、トラブル回避にもつながります。
固定残業時間の設定は、企業の実態と法令上の上限を踏まえ、慎重に判断する必要があります。
固定残業代制度が無効と判断された場合のリスク
固定残業代制度に関するトラブルでは、制度が有効か無効かという点よりも、残業代の未払いや解雇・退職勧奨をきっかけに訴訟へ発展するケースが多く見られます。
特に、解雇や退職を促された社員が後から「不当な扱いを受けた」として訴えを起こす中で、固定残業代制度の有効性が争点になることも少なくありません。
社員側としては、「辞めさせられるなら、せめて支払われるべきものはきちんともらいたい」と考えるのは当然のことです。
もしも訴訟の中で、固定残業代制度が無効と判断された場合、会社には大きなリスクが生じます。
固定残業代とは本来、毎月一定の残業代を前払いする仕組みです。しかしその制度自体が認められなければ、これまでの残業に対して本来支払うべき残業代をあらためて計算し、追加で支払う必要が出てきます。
追加で支払う残業代は、最大で過去3年分(将来的には5年分)にさかのぼる可能性があります。その金額は1人あたり数十万円から数百万円にのぼるケースもあるでしょう。
さらに、複数の社員から同時に訴えられた場合、会社にとっての金銭的負担は非常に大きなものとなってしまいます。
こうしたリスクを避けるためにも、固定残業代制度は適切に設計・運用し、有効性を担保できる形で導入することが何よりも重要です。
固定残業代制度の廃止と撤廃
固定残業代制度を導入する前に「思っていた内容と違うかもしれない」と感じた場合は、一度立ち止まって制度の内容をしっかり確認することが大切です。
問題になるのは、制度を正しく理解しないまま導入し、その後も誤った運用を続けてしまっているケースです。
近年は働き方改革の流れもあり、世間全体として固定残業代制度を廃止し、実際の残業時間に応じて割増賃金を支給する方法に見直そうとする動きも見られます。
また、以前に比べて残業時間が減ったことから、「もう固定残業代制度は不要」と考える企業も増えています。
しかし、「来月から固定残業代制度を廃止します」「固定残業時間を45時間から20時間に減らします」といった変更を一方的に行うことはできません。
ここで問題となるのが、労働条件の不利益変更にあたるかどうかという点です。制度を見直す際には、労働者に対して一方的な不利益とならないようにしなければなりません。
労働条件の不利益変更に該当するか
労働条件の不利益変更とは、その名のとおり、労働者にとって不利益となるような労働条件の変更、つまり条件の「切り下げ」を意味します。
たとえば、固定残業代制度を廃止したり、固定残業時間を削減することで固定残業代の金額が減額された場合が挙げられます。
これは労働者がこれまで受け取っていた手当が減ることになるため、不利益変更にあたると判断される可能性があります。
裁判所や労働基準監督署は、こうした不利益変更に対して非常に厳しい姿勢を取っています。事業主の一方的な判断や都合で労働条件を引き下げることは原則として認められません。
そのため、労働条件の不利益変更を行う際には、適切な手順と慎重な対応が必要です。
会社独自の判断で進めることはリスクが高く、実施する際には社会保険労務士や弁護士といった専門家に相談しながら進めていきましょう。
不利益変更を進める上で重要になるのは、まず社員に対して十分な説明を行い、できる限り個別の同意を得ることです。
また、いきなり制度を変更するのではなく、一定期間は従来の制度を継続する経過措置を設けることも必要です。
さらに、変更によって不利益が生じるだけでなく、代わりとなる何らかのメリット(代償措置)を提示することで、社員の納得を得やすくなるでしょう。
こうした変更を制度として正式に反映させるためには、就業規則の変更が必要です。