【中小企業は残業代が増える?】月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率アップとは
月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率アップにより、2023年4月以降、今までと同じ残業時間だったとしても残業代の支払いが増える可能性があります。
長時間労働が常態化している会社にとっては大きな人件費の増加となるかもしれません。
今回は、労働基準法改正による月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率引き上げについてお伝えしていきます。
┃月60時間超の法定時間外労働と中小企業の割増賃金率の引き上げ
○月60時間超残業の割増賃金率の引き上げ
2023年4月から中小企業も含めたすべての事業所で、月60時間を超える時間外労働をさせた場合の割増賃金率が引き上げられます。
この制度変更によって“1箇月あたりの残業が60時間を超えることが常態化している事業所”は、大幅な人件費増加が見込まれることになるでしょう。
具体的な変更としては主に次の2つです。
- ・月60時間超残業の割増賃金率の引き上げ
- ・割増賃金(残業代)の支払いに変わる代替休暇の付与
2023年4月以降、1箇月あたりの時間外労働(残業)が60時間を超えた場合、その超えた時間に対する割増賃金率が従来(2023年3月)までの25%から50%に引き上げられることになりました。
さらに、月60時間を超えた部分に対して一定の条件の元に割増賃金の支払いに替えて代替休暇を付与することが認められることになったのです。
○中小企業の猶予期間終了で全事業主が対象に
月60時間超残業の割増賃金率の引き上げは、2008(平成20)年の労働基準法改正によるもので大企業に関しては2010(平成22)年から既に実施されていました。
中小企業に対しては当面の間、猶予することとされていましたが、その猶予期間がいよいよ2023(令和5)年3月で終了するとになったのです。
制度変更の根拠となる労働基準法改正から10年以上が経過しており、「制度について聞いたことはあるような気がするがよくわからい」という中小企業も少なくないでしょう。
また、その後に実施された働き方改革関連法の改正による「時間外労働の上限規制」や「年次有給休暇の年5日以上の時季指定義務」などのインパクトと影響の方が大きかったこともあり、印象に残っていないという経営者もいます。
実際問題として、既に働き方改革が進んでおり、「月の残業が60時間を超えるような長時間労働はない」という会社については影響がないものと言えます。
問題なのは、時間外労働の削減対策が思うように進んでおらず今現在も月60時間を超える長時間残業が常態化している事業所です。
○建設業・運送業など時間外労働の上限規制との関係
よく、月60時間超残業の割増賃金率の引き上げと合わせて相談を受けるのが「建設業・運送業などの時間外労働の上限規制(いわゆる「2024年問題」)です。
この建設業・運送業の2024年問題というのは、現在猶予されている時間外労働の上限規制が2024年4月以降、建設業・運送業にも適用される、というものです。
ただでさえ人材不足で長時間労働が常態化している中で、時間外労働の上限規制が適用されると事業の運営が滞るなどの影響が心配されています。
2024年問題は、「時間外労働の上限が設定されること」であり、月60時間超残業の割増賃金率の引き上げは、「発生した時間外労働に対する割増賃金の計算に関すること」ですから、まずは共通の課題として、「残業時間を削減すること」が挙げられます。
時間外労働の上限規制に関しては、
- ・時間外労働を月45時間以内/年360時間以内にすること(原則)
- ・特別な事業がある場合でも時間外労働+休日労働を月平均80時間以内にする(例外)
- ・特別な事業がある場合でも時間外労働+休日労働を1箇月100時間未満にする(例外)
という対策が必要になります。
時間外労働の上限規制の適用を受ける場合でも時間外労働や休日労働をさせる場合には、当然に労使間で36協定(時間外・休日労働に関する協定)を締結し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。
36協定を届け出た場合であっても、割増賃金の支払いや月60時間超残業の割増賃金率引き上げが免除されるわけではないので注意が必要です。
○時間外労働のカウント方法と注意点
月60時間超残業の割増賃金率の引き上げに適切に対応をするためには、適切な労働時間管理が必要不可欠です。適切な労働時間管理ができないと時間外労働を取りこぼしてしまい、賃金未払い残業が発生するリスクがあります。
注意するポイントとして気を付けたいのは、次の4点です。
- ・法定内残業と法定外残業を正しく管理(カウント)する
- ・所定休日と法定休日の区別を間違えない
- ・深夜労働が発生した場合の割増賃金率を間違えない
- ・法定内残業と法定外残業を正しく管理(カウント)する
1日の所定労働時間が8時間未満の会社の場合、法定内残業と法定外残業という2つの残業の考え方が発生します。
仮に1日の所定労働時間が7.5時間だったとすると、
7.5時間から8時間まで・・・法定内残業(割増賃金率なし)
8時間超・・・・・・・・・・法定外残業(割増賃金率125%)
ということになります。
月60時間超残業の割増賃金率の引き上げの対象になるのは、法定労働時間を超えた部分、つまり「1日8時間・週40時間」を超過した部分に関してですから、法定内残業と法定外残業を正しく管理(カウント)する必要があります。
・所定休日と法定休日の区別を間違えない
割増賃金を計算するとき、所定休日と法定休日は区別して考える必要があります。就業規則で明確に「法定休日は○曜日とする」などとされていれば間違えることは少ないと思いますが、「4週間で4日」のような規定にしている場合には注意が必要です。
割増賃金の計算においては、所定休日労働に関しては時間外労働と同様の割増賃金率での計算になります。それに対して法定休日労働は、時間外労働とは別枠でカウントして割増賃金率も異なります。
給与計算を行うにあたっては、勤怠管理を適切に行って所定休日と法定休日の区別を間違えないことが必要不可欠です。
・深夜労働が発生した場合の割増賃金率を間違えない
深夜労働とは、原則として22時から翌5時までの間の労働のことをいいます。時間外労働(残業)が22時以降に及んだ場合、通常であれば
時間外労働割増賃金率(125%)+深夜労働割増賃金率(25%)=150%
という割増賃金が発生するところ、その時間外労働が月60時間を超えていた場合には、
時間外労働割増賃金率(150%)+深夜労働割増賃金率(25%)=175%
このような計算による割増賃金の支払いが発生します。
月の前半の時間外労働+深夜労働の割増賃金率は150%だったが、月の後半は175%の計算が必要になる、というケースも出てくるでしょう。
┃時間外労働(残業)・法定休日労働、深夜労働の割増賃金の計算
○割増賃金の計算方法の確認
時間外労働(残業)・法定休日労働。深夜労働の割増賃金の計算について、ここからは具体的な数字も見ていきたいと思います。
・時間単価の算出
割増賃金の計算をするときは、社員の給与形態が年俸制や月給制、日給制であっても1時間当たりの単価を算出した上で計算を行います。
ここではわかりやすくするために1時間当たりの単価を「1,000円」として考えていきます。
月給制の場合であれば、
残業代計算の基礎となる賃金÷月間平均所定労働時間
という計算式で1時間当たりの単価を求めます。ただし、家族手当や通勤手当、別居手当、住宅手当、臨時の手当、1箇月を超える期間ごとに支払われる賞与などは除きます。
家族手当や住宅手当などは、名称に関わらず、家族の人数や家賃などに連動している場合には、残業代計算から除くことができますが、特にそのような連動はなく一律支給している手当に関しては残業代計算に含める必要があるので注意が必要です。
・割増賃金の計算
基本的な割増賃金の計算方法は、次のようになります。
- 時間外労働 → 1時間当たりの単価×1.25×時間外労働時間
- 法定休日労働 → 1時間当たりの単価×1.35×法定休日労働時間
- 深夜労働 → 1時間当たりの単価×0.25×深夜労働時間
時間外労働割増賃金率について、これまで中小企業であれば「1時間当たりの単価×1.25×時間外労働時間」という計算だけでよかったのですが、今後は、割増賃金率が二段階になるため従来よりも計算方法が複雑になります。
○割増賃金率引き上げの具体的影響
例えば、勤怠集計をした結果、次の通り時間外労働が発生していることがわかりました。
- 白色の部分について → 1時間当たりの単価×1.25×時間外労働時間
- 緑色の部分について → 1時間当たりの単価×1.50×時間外労働時間
- 赤色の部分について → 1時間当たりの単価×1.35×時間外労働時間
このケースでは、23日までの時間外労働の合計が60時間になっていますが、23日に仮に4時間の時間外労働が発生していたとしたら、「23日の時間外労働3時間までは割増賃金率1.25倍、3時間を超過した部分からは1.5倍」というように1日の中で割増賃金率が変動する可能性もあり得ます。
○賃金未払い残業発生時の労務リスク
実際に今回の法改正が施行される前と後の割増賃金計算を比較してみたのが以下の表です。一見すると大きな金額に感じないかもしれませんが、社員数や実際の給与に置き換えてみるとインパクトは小さくないことがわかります。
適切に勤怠管理を実施して残業時間を集計していかないと残業代未払いが発生する可能性があります。特に36協定に特別条項を付けているような会社に対しては、労働基準監督署の監督指導が入ることも考えられます。
┃月60時間超残業の代わりになる代替休暇とは
○代替休暇とは
代替休暇とは、月60時間超残業が発生した場合に割増賃金を支払う代わりに付与することができる休暇のことです。代替休暇は、割増賃金の支払い義務を免れるためのものではなく、社員の健康確保のために休暇を付与するというものです。
○代替休暇制度導入の手続き
代替休暇制度を導入するためには、労働者の過半数で組織する労働組合、または、労働者の過半数代表者と事業主とで労使協定を締結します。
労使協定を締結した場合でも代替休暇を取得するかどうかは、社員の意思にゆだねられるものとなっており、会社が指定して代替休暇を取得させることはできません。
労使協定で定めるのは、次の事項です。
- ・代替休暇の時間数の具体的な算定方法
- ・代替休暇の単位
- ・代替休暇を与えることができる期間
- ・代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日
○労使協定締結に伴い定める事項
労使間で労使協定を締結するにあたり、次の事項について一つ一つ検討していきます。
・代替休暇の時間数の具体的な算定方法
代替休暇の時間は、次の方法により算出します。
(1箇月の法定外残業の時間数―60)×換算率
換算率とは、代替休暇を取得しなかった場合に支払うこととされている割増賃金率と代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増賃金率の差から算出されるもので、換算率についても労使協定で定めます。
代替休暇を取得しなかった場合に支払う割増賃金率 →1.5
代替休暇を取得した場合に支払う割増賃金率 →1.25
とした場合には、換算率は「0.25」になります。
・代替休暇の単位
代替休暇は、1日または半日単位で付与する必要があります。半日の単位は、原則的にはその社員の1日所定労働時間の2分の1ですが、労使協定により別途、半日の単位を定めることができます。
端数の時間が生じた場合には、金銭で清算をするか、社員からの希望により他の有給休暇(例えば時間単位年休)と組み合わせて1日または半日とすることも認められています。
・代替休暇を与えることができる期間
代替休暇は、法定外残業が1箇月60時間を超えた月の末日の翌日から2か月間以内の期間で与える必要があります。
・代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日
例えば、給与の締め日が月末、給与の支払い日が翌月20日の場合であれば、法定外残業が60時間を超えた月の翌月5日までに代替休暇取得を申し出る、などルールを定めて労使協定で規定しておきます。
┃月60時間超残業への対応と就業規則の変更
就業規則(賃金規程)には、割増賃金の支払いに関する規定があるはずですから、すべての事業所において規定の見直しが必要になります。労働契約書も同様に割増賃金率が具体的に記載されている場合には、変更を忘れないようにしましょう。
代替休暇制度導入する場合には、労使協定の策定と合わせて就業規則への記載も必要です。
┃まとめ
今回は、労働基準法改正による月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率引き上げについてお伝えしました。
最近では、月60時間を超える時間外労働時間をさせている会社も減ってきたように感じます。
会社としてまず取り組むことは、時間外労働について月45時間、多くても60時間を超えない努力をしていくことが最も大切なことになるでしょう。