副業・兼業社員の労務管理と各種手続き

近年、「副業・兼業」を許容・推進する動きが企業・個人の双方で加速しています。
働き方改革や人生100年時代といった社会的背景のもと、国も副業・兼業の促進に向けたガイドラインやモデル就業規則を整備し、従来の「終身雇用・年功序列」から「多様で柔軟な働き方」への転換が進んでいます。
一方で、副業・兼業の導入には、労働時間の管理、健康への影響、社会保険や税務の扱い、機密保持や競業避止といった様々な課題が伴います。
制度の不備や認識のズレが、労務トラブルやコンプライアンスリスクにつながる可能性もあるため、企業には慎重かつ計画的な対応が求められます。
本記事では、社会保険労務士の視点から、副業・兼業に関する法的基礎と実務対応を体系的に解説し、制度設計や実務運用に役立つ知識を提供します。
企業・従業員の双方が安心して副業・兼業に取り組める環境づくりの一助となれば幸いです。

GOALグループは、社会保険労務士法人と行政書士法人を含む総合士業事務所です。
副業・兼業制度の設計や労務管理に関するご相談を承っております。
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副業・兼業の定義と法律上の位置づけ
副業・兼業について、法律上は明確な定義はなく、厚生労働省が示す指針(副業・兼業の促進に関するガイドライン)でそのルールや運用方法が示されています。
副業・兼業を導入するにあたっては、労働時間管理や就業規則の整備といった人事労務管理実務の対応が重要なポイントとなります。
特に、労働基準法による労働時間の通算や、企業側の就業規則の整備は、働き手と企業双方の権利保護・リスク管理に直結します。
今後、副業・兼業の活用がさらに広がる中で、法令やガイドラインを踏まえた柔軟かつ明確な制度設計が不可欠です。
その他にも労働保険や社会保険、税務に関しても影響する部分に関しても押さえておく必要があるでしょう。
労働基準法における副業・兼業の考え方
副業・兼業とは、一人の労働者が主たる勤務先とは別に、他の事業所で労働を提供する、または個人で業務を行う働き方を指します。
厚生労働省のガイドラインでは、副業・兼業を「多様な働き方を実現する手段」として推進しており、モデル就業規則が改定されたことをきっかけに制度導入を進める企業が増加しています。
労働基準法そのものには「副業・兼業」を直接的に規制する条文はありませんが、重要となるのが労働時間の通算管理です。
労働者が複数の事業所で働く場合、各勤務先での労働時間は合算され、原則として1日8時間・週40時間を超える部分には時間外労働として割増賃金が発生します。
また、過重労働による健康被害を防ぐ観点からも、企業側には副業による労働時間の把握と管理が求められます。
企業が就業規則で定めるべきポイント
企業が副業・兼業を認める場合、就業規則の整備は不可欠です。厚生労働省が示す「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、副業を許可制ではなく「原則容認・届出制」とし、従業員が副業を行う際には届出と誓約書の提出を義務付ける形が望ましいとされています。
具体的には、以下の点を就業規則に明記する必要があります。
- 副業・兼業を行う際の届出手続きと承認基準
- 会社の業務に支障を及ぼす場合や競業行為、秘密漏洩の可能性がある場合の禁止条項
- 健康保持や労働時間管理に関する注意事項
- 申告に虚偽があった場合の懲戒規定
これらを明文化することで、従業員の権利を尊重しつつ、企業側のリスクも最小限に抑えることが可能となります。
特に競業避止義務や秘密保持義務については、職種や業界によって具体的なリスクが異なるため、企業ごとにカスタマイズした就業規則の設計が求められます。
副業・兼業を容認する体制を整えることで、従業員のモチベーションやスキル向上につながる一方、企業は適切なルール設計と労務管理の体制強化が必要不可欠です。
副業・兼業と人事労務管理の実務対応
副業・兼業を導入・容認する企業にとって、適切な人事労務管理は不可欠です。
労働時間の通算や健康管理、情報漏洩リスクへの対応、さらに契約内容や雇用形態の見直しまで、多面的な観点から制度設計が必要です。
副業による労務トラブルを未然に防ぎつつ、従業員の多様な働き方を尊重するためには、ルール整備と運用の両面でバランスの取れた対応が求められます。
勤務時間管理と健康管理の留意点
副業・兼業を許可する場合、特に注意すべきなのが労働時間の管理です。
労働基準法では、副業先を含む全ての労働時間を合算して、法定労働時間(原則1日8時間・週40時間)を超える場合には時間外労働として割増賃金を支払う義務があります。これは、本業・副業が別法人であっても同様です。
また、過重労働による健康被害や労災のリスクを防ぐ観点からも、従業員の健康管理体制を整える必要があります。
定期的な健康診断結果の把握や、深夜業務の制限、副業内容の確認を通じて、従業員の健康リスクを適切に把握・対応する体制が求められます。
秘密保持・競業避止義務の扱い
副業・兼業を容認するにあたっては、秘密情報の漏洩や競業行為のリスク管理も不可欠です。
従業員が副業先で自社のノウハウや顧客情報を利用する可能性を排除するためには、秘密保持義務や競業避止義務に関する規定を就業規則や誓約書で明文化する必要があります。
特に同業他社への勤務や、自営型のビジネス(コンサル業務やSNS発信など)については、内容を具体的に確認し、必要に応じて副業禁止とする判断も検討する必要があるでしょう。
ただし、過度な制限は労働者の権利侵害と見なされる可能性もあるため、「企業の正当な利益を損なう恐れがある場合に限り制限する」といった、バランスの取れた規定が求められます。
労働契約・雇用形態の見直しポイント
副業・兼業が広がる中で、企業は自社の労働契約内容や雇用形態の再検討も必要になることもあります。
例えば、フルタイム勤務の正社員を中心とした従来の雇用管理では副業・兼業を認めることも、そうした希望がある人を受け入れることも難しいといえます。
労働者のニーズに応え、人材不足の解消を図る観点からも短時間正社員など多様な働き方を導入し、勤務時間の柔軟化を認めるなど新しい働き方に適応した労務管理の見直しが重要です。
さらに、パートタイマーや契約社員など非正規労働者に対しても、副業の意向確認や必要な説明を行うことが、トラブル防止につながります。
副業・兼業を一律に捉えるのではなく、個別のケースごとに実態を把握し、柔軟かつ具体的に対応することが、これからの労務管理に求められる視点です。
副業・兼業と社会保険・雇用保険
副業・兼業を認める場合、社会保険や雇用保険、労災保険の適用に関して正確な理解と運用が求められます。
副業・兼業により勤務先が複数になる従業員に対しての各種保険の適用や、保険料の取り扱い、労災対応など、企業として把握しておくべきことは多いです。
社会保険(健康保険・厚生年金)の取り扱い
副業先でも労働時間が一定基準を満たす場合には、社会保険の加入対象となる可能性があります。
たとえば、副業・兼業先が特定適用事業所の場合、週の所定労働時間が20時間以上で、月収88,000円以上、勤務期間が2か月を超える見込みであれば、短時間就労者であっても加入義務が発生するケースがあります。
そうすると、これまで主たる勤務先(本業)でのみ社会保険被保険者になっていた場合であっても二以上事業所勤務者として、被保険者資格を満たす複数の事業所で資格取得を行うことになります。
社会保険料の算定方法が一つの事業所でのみ働いている人とは異なるので注意が必要です。
*日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」
ただし、副業・兼業が業務委託契約であれば社会保険の適用外になるため、どのような働き方を選択するかも重要なポイントになります。
雇用保険の取り扱い
雇用保険被保険者となるためには「1週間の所定労働時間が20時間以上であること」、「31日以上の雇用見込みがあること」という2つの条件を満たす必要があります。
社会保険は、複数の勤務先でそれぞれ条件を満たした場合には、条件を満たす事業所すべてで被保険者資格を取得しなければならないのに対して、雇用保険は、原則として主たる勤務先一か所でのみ被保険者資格を取得します。
例外として、複数の事業所で勤務する65歳以上の労働者が、そのうち2つの事業所での勤務を合計して雇用保険被保険者資格を満たせる場合に本人の申し出によって「雇用保険マルチジョブホルダー」となることができます。
労災保険の取り扱い
労災保険については、労働者個人ではなく事業所単位で加入・適用されます。労働災害に被災した時点で副業・兼業状態にある人を複数事業労働者といいます。
複数事業労働者やその遺族に対する保険給付は、全ての就業先の賃金額を合算した額を基礎として決定されます。また、労災認定に関しても複数事業場の業務上の負荷(労働時間、ストレス等)を総合的に判断して行われます。
通勤災害については、たとえばA事業場からB事業場への移動の間に災害が発生した場合はB事業場(勤務地として向かっていた場所)を管轄する所轄の労働基準監督署へ労災保険の申請を行うのが原則です。
副業・兼業における税務の基礎知識
副業・兼業をしている従業員に対する税務関係の処理について基本的な部分に触れておきましょう。
特に給与計算業務においては自社が「主たる勤務先」と「従たる勤務先(副業・兼業先)」のどちらかに当たるかによって源泉徴収の方法が異なる点に注意が必要です。
詳細は顧問税理士にも確認をして対応するようにしてください。
源泉所得税の算出方法
事業主が従業員に給与を支払う際、源泉所得税の計算方法(甲/乙)を選択することになりますが、「甲」で給与計算を行う場合には、給与支払いの前までに「扶養控除等申告書」を提出させる必要があります。
扶養控除等申告書の提出を受けないまま「甲」で源泉所得税の計算をしてしまうと税務調査の際に「乙で計算した場合との差額」を徴収されるケースもありますので注意してください。
甲・・・主たる勤務先、源泉所得税額が低い、年末調整を実施する
乙・・・従たる勤務先(副業等)、源泉所得税額が高い、年末調整は実施しない
*国税庁webサイト「各種申告書・記載例(扶養控除等申告書など)」
住民税の申告と本業への影響
副業・兼業していることを会社に知られたくないという従業員も少なくありません。
そのような従業員からは住民税の納付方法を普通徴収にするよう求められることがあります。普通徴収とは、住民税を給与から天引きせず従業員自身が直接納付する方法です。
それに対して会社が給与から住民税を天引きして会社が本人に代わって納付する方法を特別徴収といいます。
特別徴収(給与天引き)となると、本業先の給与担当者に通知されるため、副業・兼業が発覚する可能性があるのです。
会社としては特別徴収が原則であるためその旨を説明しつつ、普通徴収を希望する従業員に対してはその事情をよく確認することが重要です。
まとめ
今回は、副業・兼業に関する労務管理と各種手続きについてお伝えしました。
副業・兼業は、働き方の多様化や人的資本経営の観点から注目される一方で、企業と従業員の双方にとって適切な制度設計と運用が求められるテーマです。
法的には、労働時間の通算や労災の扱い、社会保険・雇用保険・税務上のルールなど複雑な制度が絡んでおり、安易な導入はトラブルの原因となりかねません。
企業側はまず、自社の方針とリスクを整理した上で、就業規則の整備、届出制や誓約書の導入、労働時間と健康の管理体制を確立する必要があります。
また、競業避止義務や情報漏洩対策、住民税通知への配慮など、個別のケースに応じた細やかな対応が実務では重要です。
副業・兼業を前向きに捉えつつも、企業としての統制を保つことが、継続的な制度運用の鍵となります。制度導入の初期段階では、社会保険労務士など専門家の助言を活用し、法令遵守と柔軟な働き方の両立を図ることが推奨されます。










