【残業代の請求時効とは】遡り請求できる期間の延長と実務への影響、労務リスクについて解説

会社が社員に時間外労働などを行わせた場合には、割増賃金(いわゆる“残業代”)を支払うことが労働基準法で義務付けられています。

この残業代について、なんらかの理由で未払いが発生してしまった場合に社員は過去に遡って請求をすることができるのですが、2020(令和2)年4月、その遡ることができる期間が延長されました。

残業代の請求時効が延長されたことにより、働く労働者にとっては受け取れる金額が増える可能性がある一方で、事業主にとっては未払い残業代に対する労務リスクが増大することになったのです。

今回は、残業代の請求時効の期間延長と実務への影響、労務リスクについてお伝えしていきます。

┃残業代の請求時効延長

○残業代の遡り請求期間は2年から5年へ

これまで、残業代の未払いが発生した場合に社員が会社に対して遡って請求できる期間は「2年間」とされていましたが、2020(令和2)年4月に施行された改正労働基準法では、遡り期間が5年(当分の間は3年)まで、延長されることになりました。

この未払い賃金の請求時効の延長は、2020年4月1日以降に発生する賃金に対して適用されることとされており、改正労働基準法が施行されて3年が経過する2023年4月1日以降は3年分全てを請求することができるようになるのです。

社員にとってみれば未払い残業代請求などをする際に請求できる金額が増えることになりますが、会社としては、支払う金額が増えることが考えられるため、これまで以上に賃金・給与計算をしっかり行い未払いが発生しない体制作りをすることが求められます。

┃民法と労働基準法の改正が会社に与える影響

○賃金請求権の消滅時効延長と書類の保存期間の延長

2020(令和2)年4月施行の改正労働基準法の影響は、時間外労働などに対する割増賃金(残業代)だけに限らず、社員が受け取る賃金全てが対象です。

代表的なものとして残業代や休日労働、深夜労働に対する割増賃金がありますがその他にも毎月の給与、最低賃金未満の賃金しか支払っていなかった場合の差額、休業手当、年次有給休暇中の賃金なども消滅時効延長の対象です。なお、退職金については従前のまま5年間から変わりありません。

残業代などの賃金を遡って請求できる時効期間の延長は、民法改正の影響を受けており、改正民法で契約に基づく債権(賃金債権)の消滅時効期間を原則5年にしたことに伴い、改正労働基準法でもそれに合わせて5年に延長されることになりました。ただし、会社への影響などを考えて当分の間は3年とする措置が取られました。

*出典:厚生労働省「未払賃金が請求できる期間など が延長されています」

賃金請求権の消滅時効延長に合わせて、その賃金等と対応する帳簿類の保管期間も延長されます。労働者名簿や賃金台帳、出勤簿といった法定帳簿、その他にも労働契約書や労働条件通知書、労使協定、社内の申請書類など人事関連書式は、適切な期間、保管しておくようにしましょう。

○遡り(遡及)請求期間の延長=請求金額増加

残業代などの遡り請求期間が2年から3年に延長になれば単純計算で1.5倍、5年になれば2.5倍にまで請求金額が増えることになります。

例えば次のような労働条件で働く社員がいた場合、
→基本給:30万円/月間平均所定労働時間:163時間
30万円÷163時間=1,840.4円・・・・・時間単価
1,840.4円×1.25=約2,301円・・・・・・・割増賃金単価

・1箇月当たりの残業時間:20時間程度の場合

2,301円×20時間×24箇月=1,104,480円(2年分)
2,301円×20時間×36箇月=1,656,720円(3年分)

・1箇月当たりの残業時間:40時間程度の場合

2,301円×40時間×24箇月=2,208,960円(2年分)
2,301円×40時間×36箇月=3,313,440円(3年分)

残業時間が20時間程度だったとしても、まったく残業代を支払っていなかった場合には、社員1人つき約160万円も請求されるリスクがあるのです。

さらに、遡り請求期間の延長と同時に付加金の請求期間も延長されています。付加金とは、賃金不払い残業をさせた会社などに対するペナルティのことです。裁判所の命令により、未払い残業代請求の場合にはその未払い額と同額の付加金の支払いを命じられる可能性があります。この付加金の請求期間もこれまでの2年から5年(当分の間は3年)に延長になります。

未払い残業代については最長5年(当分の間は3年)の遡り、場合によっては未払い残業代と同額の付加金、さらに遅延損害金が請求されることもあります。

本来、給与や残業代は、一定の期日に支払われる必要があり、その日に支払われなかったという意味で遅延損害金が発生します。遅延損害金は、未払いの金額に対して3%、ただし退職後の期間に対しては年14.6%になります。

ある一人の社員からの未払い残業代請求に対して会社が残業代を支払ったとなるとその噂は社内で広がり、2人3人と続いたり、あるいは複数人からまとめて請求されたりすることもあります。

また、こうした未払い賃金請求は、解雇や退職勧奨で辞めさせた社員から申し立てられることも多いので注意が必要です。

*出典:厚生労働省「未払賃金が請求できる期間など が延長されています」

○労働者側弁護士と残業代請求サービス

残業代などの未払い賃金請求は、社員(元社員)が労働基準監督署や弁護士、社会保険労務士に相談することから始まります。

労働基準監督署から手紙が届いて「○月○日、○時、以下の書類を持って出頭するように」と通知が来たら、それは誰かが通報した可能性があります。

弁護士から「○○代理人」と受任通知とともに内容証明郵便が届いた場合には、その当事者が弁護士を通じて請求を起こそうとしています。内容証明郵便に弁護士の名前が無かったとしても後ろで誰かの指導を受けている可能性もあります。

最近では、弁護士に相談する敷居もだいぶ低くなってきており、多くの弁護士事務所では無料相談を受けていたり、未払い残業代金額を確認するツールを提供していたりします。また、成功報酬型で請け負うケースもあり社員側としては、相談しやすい環境が整っていると言えます。

試しに次のようなワードで検索をしてみると良いでしょう。

  • 残業代 請求
    残業代 出ない
    残業代 もらえない

残業代を支払っていない会社、残業代の未払いが発生している会社では、社員がこのようなワードで検索をして、訴えを起こす機会をうかがっているかもしれません。

┃未払い残業代請求をされた場合の会社の対応

○顧問社労士・顧問弁護士への相談

労働基準監督署から出頭通知が届いたり、内容証明郵便が届いたりした場合には、放置せずにすぐに顧問社会保険労務士や顧問弁護士に相談をしてください。顧問契約をしていたとしても社内の全てを把握できているわけではないので「実際に未払い賃金が発生している可能性があるか」「最近、退職した社員はいないか」などの聞き取りがあると思いますが、思い当たることがあれば、隠さずに話をするようにしてください。

顧問契約をしている社労士や弁護士は会社の味方ですから、良くない事実があったとしてもそれに対して最善の対応策を考えていくことになります。しかし、後から「実は・・・」と打ち明けられても対応が間に合わないことも考えられます。

そして、労働基準監督署へ出頭するのであれば顧問社労士と行く、弁護士から内容証明郵便が届いたなら顧問弁護士から返事をしてもらう、ということも必要になります。

○請求された金額=支払う金額とは限らない

未払い賃金として請求された金額の多い少ないに関わらず、「請求された金額=支払う金額」とは限りません。請求された金額は、請求した人が妥当だと考えている金額というだけで正しいかどうかはわからないのです。

例えば、固定残業手当として支払っていた手当があればそれを控除したり、残業時間として申告されたもの全てを業務を行っていたと認定できないケースがあったり、管理監督者性を主張したりと会社側の主張ははっきりと伝えるべきです。

未払い賃金として請求された金額が妥当なものかどうか、減額交渉できる余地はないのか、これらは、顧問社労士や顧問弁護士とよく相談する必要があるでしょう。

・請求された金額の減額が考えられるケース

  • 固定残業手当を割増賃金単価に含めて計算されている
    残業として認定できない時間がある
    実際にとった休憩も労働時間としてカウントされている
    管理監督者として勤務している期間について残業代が請求されている

○時効の援用

“時効”という言葉について意味はイメージがつくかと思いますが、今回のテーマである「賃金請求権の消滅時効」も同様に「一定期間(原則5年、当分の間は3年)が経過したら請求ができなくなる/請求されなくなる」ということになります。

しかし、この時効というのは時が来れば自動的に適用されるというものではありません。賃金請求権の場合で言えば「時効になったので3年より前の分は支払いません」と通知をする必要があり、このように「時効を使います」ということを「時効の援用」と言います。

会社として争う気が無く、「5年でも10年でも遡って未払い賃金を支払ってあげたい」という気持ちがあれば時効援用をしないこともできるのです。また、社員からの請求に対して事業主が「一括は無理だけど分割でよければ過去全ての分の未払い残業代を支払う」というような約束をしてしまった場合、後から「時効だから支払わない(時効を援用する)」ということが通用しなくなることもあり得ます。

会社としては、このような不用意な対応をしないためにも顧問社労士や顧問弁護士との相談・連絡を密にしておく必要があるでしょう。

┃未払い残業代請求をされないために必要なこと

○勤怠管理を確実に行う

未払い賃金・未払い残業代対策に特効薬や特別な方法はありません。日々、確実に勤怠管理を行い労働時間を把握していくことが第一です。いまだに紙やExcelなどを使って手作業で労働時間管理をしている会社もあるようですが残念ながら時代遅れと言わざるを得ません。

厚生労働省が公表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」 においても原則的な労働時間の把握方法として、次のいずれかの方法で行うこととしています。

  • ・使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
  • ・タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。

毎日、使用者が労働時間を把握することは現実的ではなく、勤怠管理システムを導入したりパソコンのログを記録したりといった管理が求められています。

○適切な給与計算で未払い残業代を発生させない

適切な給与計算と適切な勤怠管理は一体的に行われるべきものです。給与計算システムや勤怠管理システムを導入する場合でも労働基準法をしっかりと理解した上で設定や日々の運用を行わないと未払い賃金の発生は免れません。

労働時間や休日休暇、法定外残業や休日労働、深夜労働などのルールや割増賃金の計算に関するルールを理解した上で給与計算システムを運用する必要があります。

○残業(時間外労働)の削減

なによりも重要なことは「残業(時間外労働、休日労働、深夜労働)を発生させないということです。残業が発生しなければ残業代未払いが発生することもありません。

「うちの会社には残業はない」

と言う経営者もおり、本当にそうであれば素晴らしいことですがそうでないケースもあるので注意が必要です。

例えば、1日の労働時間を7時間にしていて「1日8時間を超えていないから大丈夫」と思っていた会社の出勤簿を確認したところ週休1日しか確保できていなかったことがありました。これは、1日単位では法定労働時間を超えていなくても週単位の法定労働時間(40時間)を超えています。

「固定残業代制度を導入しているから大丈夫」

という会社も要注意です。適切に固定残業代制度が導入され運用されていればいいですが、就業規則もない、労働契約書もない、勤怠管理もしていない、とりあえず給与明細に“固定残業手当”として適当な金額をつけておいた、ということだと固定残業代制度そのものが無効となる可能性もあります。

→固定残業代制度・みなし残業代制度について詳しくはこちら

┃まとめ

今回は、残業代の請求時効の期間延長と実務への影響、労務リスクについてお伝えしてきました。

未払い賃金請求事案が増える背景には、社会全体の景気も影響があります。新型コロナウイルス感染症の影響により会社が倒産したり、人員整理をしたりする会社も多く、仕事を失った人は、次の仕事を探すことになりますが「仕事が見つからない」人が出てきてしまい、そのように意図せず職を失った人が前職に対して、「不当解雇」「未払い賃金請求」等の訴えを起こすことが多いです。

日々の生活が安定していた時はあまり気にしなかったり(がまんしていた)、うやむやになっていたりしたことが、失業や信頼関係が崩れることにより、「もらえるものはもらいたい」という思いに変わることは十分に考えられることです。

会社としては、毎回の給与で未払いが発生しないようにすること、社員が退職するときにも最後まで誠実な対応を心がけることが大切です。

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